今日
悲別ロマン座、再生への道
朽ち果てた炭鉱の映画館が、ドラマの舞台になり、人が訪れるようになり、八年かけて蘇るまで。
上歌会館との出会い
「昨日、悲別で」の製作が決まり、歌志内と上砂川のあいだに「悲別町」という架空の町が造られました。炭鉱マンの憩いの場所にと建てられた実際の劇場、住友上歌会館。ここがドラマの中の「ロマン座」になります。
札幌に通う途中、歌志内で廃屋のような旧映画館を見つけた。中に入ると、客席は雪でつぶれていたが、スクリーンの周りは残っていて、映写室にはアーク灯が転がっていた。確かに映画館だ、と感激してね。倉本聰(碓井広義「倉本聰 ここだけの話」より要旨)
当時は建物が朽ちて内部に足を踏み入れることなどできず、撮影は外観だけでした。地元を出た若者が再び訪れた「たまり場」はすでに廃墟だった、という物語だったので、廃墟だった上歌会館はさほど手を加えずともよかったのです。初期の看板には「KANASHIBETSU GRAFFITI」の文字が入っています。



年譜
- 1953(昭和28)年 8月住友上歌志内炭礦会館(上歌会館)開館。収容370人。従業員の福利厚生として映画上映や舞台に使われ、全盛期は一流歌手のショーで賑わった
- 1971年炭鉱閉山。会館は使われなくなり、廃墟同然に
- 1984年「昨日、悲別で」放送。外観のみの撮影で「悲別ロマン座」として登場。放送後、訪れる人が現れる
- その後倒壊を防ぐため仮の柱が組まれ、ぬかるみに砂利が敷かれる。撮影や観光のための、一時しのぎの手当て
- 修復の八年「再生」を夢見る声が出始める。歌志内市と地元の企業、商店主、市民の手で修復が始まる。落ちていた天井、歪んで開かない戸、崩れた石垣。縮小された歌志内駅から出た枕木を敷き詰め、あいだに芝を植えた
- 現在看板の木枠も一新され、四代目の看板が立つ。修復は今も続き、「このいでたちを変えまい」という情熱は変わらない


